1958年生まれの高井弘一郎の建築経験45年のこれまで

4人兄弟の長男として佐賀県嬉野市塩田町に生まれる。

家は兼業農家で小学生の時から、農業の手伝いを自発的にやっていた。

 

長男ということもあり、おとなしく引っ込み思案な子供であったのを記憶している

中学校に進んでからも、あまり人前に出るのは苦手で、将来は人と話さないで

仕事ができるトラックの運転手や大工になろうと考えていた。

 

安易な考えであり担任の先生は高校進学を勧めたが、

どうしても大工になりたく、住み込みで見習い大工の修行に出る。

 

中略

 

5年の弟子(見習い)の期間を終わり1人前の職人として、地域の工務店や

建築会社で大工職人として腕を磨く。

職人を10年ほどやり30歳で建築会社の下請けを始める。

 

あくまで下請なので収入はあまり良くなかったのだが、職人とは違い

一工務店の代表者として、責任があり初めは遣り甲斐はあった。

 

結婚したのもこのころで、収入の面で妻にも苦労を掛けた。

しかし、10年近く建築会社から来た仕事をこなすばかりの毎日で何か物足りず、

いつかは自分で仕事をとり元請になりたいと思っていた。

 

42歳の頃、元請会社の現場監督から「工期が間に合わない」「早く終わらせたい」などと

注文を付けられ「そのようなバタバタ仕事はしない」などと言い争いになりそのような仕事が

嫌になり下請を辞める。

 

中略

下請を止めてから「どうするか」と考えて父母が経営していた施設園芸(イチゴ栽培)を

やり始めるしかし初めてやる仕事で、なかなか上手く収量が増えず苦しい生活が続いた。

 

3年ほどやったが、農業では生活ができないと思いまた建築の道に戻る。

農業はそんなに甘くはなかったと実感した。

再び建築の道に戻り、今度は後戻りできないと考え、

まず、建築会社を設立した。47歳になっていた。

 

どうせやるなら他の工務店や建築会社とは違うやり方で家づくりをやろうと思った。

最初は、安くていい家なら依頼があるだろうと思いとにかく安くすることだけを考えていた。

最初にホームページを作ったのもこの時期だと思う。

 

中略

2~3年の試行錯誤を繰り返しながら少しずつ受注も増えてきたのだが、まだまだ何か足らない、

そんな思いがいつも頭にあり悶々と考える日々が続いた。

 

自分が本当にやりたい家づくりは一体どんな家づくりなのか。その答えを毎日探していた。

50歳になりやっとその答えを見つけた。

 

自分がやりたい家づくり。

 

それは、建て主さんと私達業者が、同じ想いを持ち同じ目的に向かって、

楽しみながら大らかに家をつくるということだった。これは簡単そうで簡単ではない。

なぜならお互い大金が絡んでいるので損得をまず考えてしまう。

 

それは、建築会社である以上損得抜きには会社経営できないのも仕方がない。

お金のことは大事だが、建て主さんとお金のことで、

ゴチャゴチャ揉めたくないというのが本音だろう。

 

もうこの歳になると、お金、利益より大らかに家づくりに打ち込みたいと思った。

しかし、そんな家づくりをやるためには従来の工事を請け負う建築会社では、

 

本当のサポートができないと思い、工事を請け負うことを止め、

家を建てる人の役に立つサポート業務に徹する。

 

現在は、家づくりを純粋にサポートするための活動の他、冬暖かい夏涼しい、安心、安全、健康などの

性能は当たり前と思い、100年経っても古さを感じさせないデザインの

新ブランドがいい家の基準になると確信し住宅性能とともにデザインにも力を入れている。

 

 

高井弘一郎

1958年生まれ

みずがめ座、血液型B型、

性格は温厚、めったに怒らないが怒ると怖い(笑)

嫌いな人とはトコトン付き合わない。

好きな人には損得抜きでトコトン付き合う。

 

家族 母親、妻、子供2人の平凡な父親

趣味 家族旅行 毎年1回はどこかに行っている。建物を見るのが好き。

自慢できること。木造建築の家づくり一筋41年の経験と実績

 

良いところ、 人一倍責任感が強い。結構真面目(笑)

欠点 忘れっぽい(歳のせい?)細かいことを気にする。

目がいつも充血している。(生まれつき?)

目薬は常備薬。

 

人前で上手にしゃべれない。人の言葉を気にしすぎる。

最近はしゃべれるようになった。

歳のせい?慣れでしょうか(笑)

 

一緒に家づくりをしたい人。性格が良い人

 

 

許可、建設業許可(佐賀県知事)

登録、設計事務所登録(佐賀県知事)


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プロフィール

高井弘一郎
佐賀県嬉野市塩田町久間甲860

昔は大工さんが棟梁で他の職人さんをまとめて家づくりをしていました。
そこには住宅会社は存在せず、住宅会社の広告宣伝費やモデルハウスの維持費なども建築費には上乗せされていない材料費と職人さんたちの賃金で家が完成していました。
今は時代が変わりそんなやり方で家づくりはできないというのは分かっているんですが、それでも「いい家を出来る限り安くしたい」
今までの家づくり経験45年の知識や智慧がヒントになれば嬉しいです。

ご意見ご感想はこちらまで。
ken-support@jyuutaku-sienn.net